第3章 非対称戦の拡大

NAVER総督府史料本廠刊
平成17年6月17日

武士の台頭とNAVER文化

 2004年2月を過ぎ、敗残兵掃討が進むと、韓国側の旧来からの固定IDは ほぼ姿を消し、戦力不足の韓国側戦力の主体はDC出身の少年兵となったため、日本側による「虐殺」が続いた。

 このころになると韓国側の著しい練度低下から、一次史料などの重戦力を投入する戦いは生起しなくなった。画像板地方においては、時折dymaxionが存在を誇示したが、かつてのような勢力は失われており、その形骸化した戦力では日本側の第2線級部隊によって易々と駆逐されるありさまであった。

 2004年3月、日本側による鮮匪の大虐殺が続く中、鮮匪はその劣勢を挽回すべく、日本側固定IDのスレを削除依頼することによって敗戦の証拠を隠蔽する作戦を決行、zeongpolalisjpn1_rok0などの過去スレが全て消去された(NAVER水晶の夜事件)。しかしながら、韓国側のスレ削除は戦力そのものの劣勢を挽回する事には繋がらなかった。

カルチャー板の平定。平和と繁栄の訪れ

 この当時、日本側が占領した画像板のdymaxion要塞跡地においては「rindoh様式」の華麗な建築文化・pleasure108の「オッス様式」フラッシュ美術、masairyuの浮世絵美術など、文化の華を咲かせ平和の果実を享受したが、鮮匪が跋扈する歴史板においては、zeongpolalisjpn1_rok0が共同して匪賊狩りを行って勢力を拡大した。彼らの本拠地が池袋周辺のキャバクラであったことから、日本側においては「キャバクラ武士団」と呼称されたが、韓国側からは「」「三悪人」と呼ばれ、後に三悪人という呼称が定着した。
 この時期、韓国人neozaaqが著した「NAVER史ID列伝」は当時のNAVER歴史板を知る貴重な史料となっている。

軍縮の時代と電波飢饉

 2004年前半は、日本人によって練度不足の韓国人が大量に狩られた時期であり、NAVERにおける討論において、日本側が絶対的優勢を確立した時期であった。

NAVER海軍軍縮会議

 このころになると、NAVER日本人はNAVER韓国人を「」ではなく「獲物」と認識するようになっており、当時の討論は「NAVERの七面鳥狩り」「NAVERのトロール漁業」と言われ、歴史板、画像板には戦勝を誇示する大漁旗が翻った。

 しかしながら、日本側による韓国人乱獲が続く中、電波資源枯渇を憂慮するkimuranobuoは「獲る漁業から育てる漁業」を提唱し、漁獲制限をするべきだと主張した(NAVER海軍軍縮会議)。

電波を求めて行列を作るNAVER日本人

 kimuranobuoは、1日あたりの史料を使用した重戦力によるスレ立て数をkimuranobuoの10に対し、キャバクラ武士団の合計を2とすることを主張したため、キャバクラ武士団がこれに激しく反発し交渉は決裂、漁獲競争に拍車をかける結果となった。さらにkimuranobuoが実験中であった「育てる漁業」も朝鮮人稚魚のふ化率が極めて低く、実用化に至らなかったため、韓国人の質は低下の一途を辿り、zeongをして「飢えたる武士の鼠を奪い合うはまさに北鮮の如し」と言わしめた韓国側の人材不足、いわゆる「電波飢饉」がNAVER日本人に蔓延する。

鮮匪の跳梁

 このころ、韓国側ネチズンはNAVER日本人との正規戦での勝率を0〜20%と計算しており、史料と論理による正規戦では勝算がないと分析していた。このため、韓国側が打ち出すことが出来た唯一の日本人対策は「有名IDとは議論してはならない」「誹謗を書き込んだら逃げろ」「スレッドに史料を貼り付けてはならない」「スレッドで論理を展開してはならない」「連続投稿により議論そのものを不可能にする」という非対称戦であった。

建て逃げと中傷銃で抵抗を続ける鮮匪団

 この作戦で、韓国側が論理的に勝利して日本側主張を論破することは不可能になった。その一方、史料を多用し強固な論理を構築することによって議論に特化した重装備の日本側も、その特性から非対称戦に十分対応することが出来なくなった。このため、韓国側はこの作戦を通じて日本側に不快感と徒労感を与えることには成功した。同時に、日本側新興勢力は正規戦の実戦経験を積むことが出来ず、安易にコピー&ペースト等に走る者が発生したため、検証なしのコピーの連続によるスレの質的劣化等の練度低下が発生した。



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