北関大捷碑(有明朝鮮国咸鏡道壬辰義兵大捷碑)言説について

平成17年5月25日

概説と問題の所在

 該碑は、文禄の役の末期に朝鮮に蜂起した民兵(後の所謂「義兵」)を顕彰するため、百十余年後に建立されたものであり*1、現在靖國神社が所有し、これを保存している。

 平成17年5月6日、日韓外相会談において、韓国外交通商部長官潘基文は、該碑の「返還は日韓関係、ひいては南北関係の改善にも資する、日本側の積極的対応を期待する旨述べ」たという(2)。しかしこの段階では、南北朝鮮の合意は未成立であったらしい(3)。所有者である靖國神社は、かねてより「大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国間で調整がとれ」ていることを「返還」の前提として示しており、韓国側は日本に「積極的対応を期待」する以前になすべきことがあったのは言うまでもない。しかしながら、韓国側から見た場合には、前提すら充たし得ない状態であっても、外交の場で語る必要性を該碑にみとめたのであろう。


*1 該碑の建立は1709年とみなされている。これは、該碑の「崇禎甲申後六十五年十月 日立」の記述に基づく。「崇禎甲申」は崇禎17年(1644)に当り、これを基準とした際「後六十五年」は1709年となる。

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