yonaki/延世大学出版の『朝鮮紀行』について


※ここで使用した画像は、大きいものを縮小表示してます。

 さて、一昨日だったか、ある文がEnjoykoreaに貼られました。内容はどこかからのCopy&Peastで、韓国の延世大学から出版されたイザベラ・バードの『朝鮮紀行(Korea and Her Neighbour)』 が原本と全く違う、という主張のものでした。

 出所はわかりませんが、拡散元はどうもhttp://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=119209&log=20080802と思われます。詳細はリンク先を読んでいただくとして、要約すると

  1. 韓国延世大学から出版 された『朝鮮紀行』には、「当時のソウルは清潔で人々は とても快適かつ豊かに暮らしている」と(実際と)正反対の内容が書かれている。
  2. NYタイムズからも、(内容が本物と違う)エセ(偽物の)コピーが出ている。
    http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?_r=2&res=9C02E0DF1139E433A25750C0A9629C94699ED7CF&oref=slogin&oref=slogin

という主張です。検索してみると結構あちこちにコピーされているようでしたし、人から頼まれた事も有りちょっと調べてきました。

1.韓国延世大学から出版 された『朝鮮紀行』には、「当時のソウルは清潔で人々は とても快適かつ豊かに暮らしている」と(実際と)正反対の内容が書かれている。

まず、1.の 韓国延世大学出版版についてです。

KOREA and Her Neighbours
Isabella Bird Bishop

YONSEI UNIVERSITY PRESS
1970年初版、1997年第4版発行
ISBN:89-7141-199-6
15000won


 リンク先が http://www.seoulselection.com/shopping_book_view.html?pid=50 なので、これで間違いないと思われます。初版は1970年ハードカバーで出版され、1997年のものは第4版であり、ペーパーバッグに変更されています。内容は初版、4版も見た限り大きな変更はありませんでした。

 まず、 延世大学出版からの本の内容が、提示された個人のサイトと乖離しているか、なのですが、Chaptor.2の該当部分は以下になります。

「都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に  迷路のような道の「地べた」で暮らしている。

 路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて  擦れ違える程度の幅しかない。おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の  汚物を受ける穴か溝で狭められている。酷い悪臭のするその穴や溝の横に  好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと疥癬もちで  かすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたき  している。

ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。蓋のない  広い水路を黒くよどんだ水がかつては砂利だった川床に堆積した排泄物や  塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。水ならぬ混合物を  手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。(注:何故か文の途中で途切れて訳されている)

 つまり、対象の個人のサイトと比較しても改竄されてもおらずそのまま掲載されており、内容も昨日調べたGanesha Publishing版と一致します。

『Collected travel writings of Isabella Bird. Vol.9』(Ganesha Publishing 1997年) pp.36 および pp.42

 Seoulには芸術品がまったくなく〜、の該当部分もChaptor.3に記載されているばかりか、逆に個人のサイト引用文の方が原文にあるコドゥンや孔子廟などの例外がある旨をカットする、別の場所にある文を連続して書く、など不正確な引用をしています。引用文も対象の個人のサイトでは『朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期』、つまり講談社学術文庫版とされていますが、表記が全く違い、引用先ではありません。

以上の様に、問題があるのはむしろ出された個人サイトの方で、 韓国延世大学出版版に問題は見当たりません。


◆    ◆    ◆


2.NYタイムズからも、(内容が本物と違う)エセ(偽物の)コピーが出ている。

 次に、2のNYTimes版が「エセコピー」とする件ですが、こちらは昨日もちょっと書きましたが原文にて確認できます。画像はGanesha Publishing版を提示しますが、延世大学出版の物でも、他に国会図書館にあった別の版でも違いは有りません。Chap.36の「SEOUL IN 1897」、つまり初訪ではなく、1897年に訪れた際の、以前との変り様に驚いている文なのですね。

NYTimes版 Ganesha Publishing版

 そもそもこの文、1.で問題にされた記述と不整合をおこさないんです。NYTの記事では、「which were breeding grounds of cholera.」、つまり元々コレラの温床となっていた不潔な路地があった訳ですし、末尾の方の「now on its way to being the cleanest city the Far East.」も元は「Seoul,from having been the foulest」であった訳ですから、その後綺麗になっても意味が不整合になりません。なのに、なぜか時系列も文脈も無視し、末尾部分だけ抽出して「東洋一きれいな都市」と言ってるんですね。

NYTのリンク先の文についても原文に一致し、問題は見当たりません。


◆    ◆    ◆


 結局、この主張は根も葉もないデマでしかありません。延世大学版に関して言えば、内容に問題は認められません。
 コピーされた文章自体を見ても「延世大学版を読んでも買ってもおらず、引用すらしていないのに内容がおかしいと言う」、「引用してある文の文脈すら把握せず、偽としている」、などと信じるべき点が全く無いにも拘らず、何故か拡散されてしまったようです。(もちろん、疑念は出されていたかもしれませんが)

 では最後に「絵とかが差し替えられているのでは?」という疑念にもお答えしておきます。まずは次の画像を御覧ください。

A series of Reprints of Western Books on Korea

鋭い方は延世大学出版の版の表紙で気がついたかもしれません。これ、実は米国版の「リプリント版」なんです。延世大学出版の版のTae Sun Park氏の序文から引用します。

The original of Bishop's Korea and Her Neighbours was first printed in New York in 1898, and it was soon reprinted in two volumes. The single volume edition has been chosen by Yonsei Univercity in this program of reprints becouse of its bibliographical significance.

 1898年にアメリカで出版されたものの、まんま原本のリプリントなんです。え?「それでも元と同じかどうか改竄されていたらわからないのでは。」ですって?実は元の本も国会図書館に所蔵されていて確認済です。F. H. Revell company が1898年に出版の『Korea and her neighbors; a narrative of travel, with an account of the recent vicissitudes and present position of the country, by Isabella Bird Bishop ... With a preface by Sir Walter C. Hillier With illustrations from photographs by the author. 』がそれ(請求記号 129-138 )。古い本故、即日複写が出来ませんでしたが、禁閲覧ではないので国会図書館で閲覧できます。イラストから写真から、ページ構成からindexから末尾の当時の広告まで、そのまんま一緒。

広告まで一緒。

 延世大学出版の版には、オリジナルのタイトルページが省略されているため絶対とは言い切れませんが、同じ版からのものであるのは確実で、当然イラストも写真も同じものが使われています。つまり延世大学出版が改竄されたとすれば、1898年にすでに改竄されていた訳ですね。

折角リプリントしたのに改竄と言われては、延世大学出版も浮かばれないでしょう。


ちょっとでも疑っちゃった人は、こっそりと胸に手をあて、延世大学出版の方に向かって頭を下げて、3秒ほど反省してください。コピペをしちゃった人は…、まぁ、ご随意に。

yonaki@お遊び中



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