[[ツイッター軍政監部]]

慰安婦の輸送における警察と軍の役割について&br;


「皇軍将兵慰安婦女渡来ニツキ便宜供与方依頼ノ件」という史料がある。これは、和歌山県知事発内務省警保局長宛「時局利用婦女誘拐被疑事件ニ関スル件」(1938年2月7日付)に添付された文書であり、上海派遣軍に対する慰安所設置に関して、領事館館警察署(内務省)と陸軍武官室(陸軍省)、現地軍(占領地の治安維持に当たる上海派遣軍隷下の軍令憲兵)が取り決た慰安婦の取り扱い要領であり、上海までの移送、身元の確認及び慰安婦の登録を領事館警察が行い、その後上海派遣軍に引き渡す役割の範囲を定めたものである。&br;

 本件ニ関シ前線各地ニ於ケル皇軍ノ進展ニ伴ヒ之カ将兵ノ慰安方ニ付関係諸機関ニ於テ考究中処頃日来当館陸軍武官室憲兵隊合議ノ結果施設ノ一端トシテ前線各地ニ軍慰安所(事実上ノ貸座敷)ヲ左記要領ニ依リ設置スルコトトナレリ&br;

領事館&br;
 (イ)営業願出者ニ対スル許否ノ決定&br;
 (ロ)慰安婦女ノ身許及斯業ニ対スル一般契約手続&br;
 (ハ)渡航上ニ関スル便宜供与&br;
 (ニ)営業主並婦女ノ身元其他ニ関シ関係諸官署間ノ照会並回答&br;
 (ホ)着滬ト同時ニ当地ニ滞在セシメサルヲ原則トシテ許否決定ノ上直チニ憲兵隊ニ引継クモトス&br;
憲兵隊&br;
 (イ)領事館ヨリ引継ヲ受ケタル営業主並婦女ノ就業地輸送手続&br;
 (ロ)営業者並稼業婦女ニ対スル保護取締&br;
武官室&br;
 (イ)就業場所及家屋等ノ準備&br;
 (ロ)一般保険並検黴ニ関スル件&br;
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右要領ニヨリ施設ヲ急キ居ル処既ニ稼業婦女(酌婦)募集ノ為本邦内地並ニ朝鮮方面ニ旅行中ノモノアリ今後モ同様要務ニテ旅行スルモノアル筈ナルカ之等ノモノニ対シテハ当館発給ノ身分証明書中ニ事由ヲ記入シ本人ニ携帯セシメ居ルニ付乗船其他ニ付便宜供与方御取計相成度尚着滬後直ニ就業地ニ赴ク関係上募集者抱主又ハ其ノ代理者等ニハ夫々斯業ニ必要ナル書類(左記雛形)ヲ交付シ予メ書類ノ完備方指示シ置キタルモ整備ヲ缺クモノ多カルヘキヲ予想サルルト共ニ着滬後煩雑ナル手続ヲ繰返スコトナキ様致度ニ付一応携帯書類御査閲ノ上御援助相煩度此段御依頼ス&br;
&br;
(中略)&br;
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昭和十二年十二月二十一日&br;

                在上海日本総領事館警察署&br;
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永井は、「無理解の極北」コメント欄において、警察に検挙された慰安婦業者の供述を引用し「軍慰安所ではたらく女性五〇〇名以上を集めて、大阪の歩兵第7旅団の将校が引率して中国に渡ることになっている(nagaikazu 2014/10/03 10:14)」とし、当時歩兵第七旅団は、満州に展開しており、上海派遣軍及び中支那方面軍との間に指揮関係はない事を指摘されると、「歩兵第7旅団にも留守部のスタッフがいたのでしょう。なお,この件は大阪府警察部幹部と中野等の話合いで出た件ですので,嘘ならすぐバレます。(nagaikazu 2014/10/03 17:56)」と釈明しているが、当該調書は「同両人ノ申立ニ依レバ」(この2名の供述によれば)、「引率シ行クト称シ」(引率していくと言っており)とあくまで供述内容の記載に止まっており、その事実関係を警察が確認したものではない。&br;
さらに「皇軍将兵慰安婦女渡来ニツキ便宜供与方依頼ノ件」は、永井自身も論文に引用している史料であり、それには軍の役割として「慰安婦の輸送(本土〜上海までの輸送、領事館警察への引き渡し)」は含まれていない。渡航上の便宜については、領事館警察の担当となっており、慰安婦が軍の管理下に引き渡されるのは上海到着後、警察の営業許可を受けた後となっていることから、永井は、供述の意義の錯誤あるいは曲解(単なる供述内容を事実として認定)により、自ら挙げた史料と乖離する主張をしており、永井は本土から占領地への慰安婦の輸送手続及びその責任の所在について、整理できていないことが解る。&br;
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